お達磨の桜まつり

更新日:2023年11月16日

令和6年4月 お達磨の桜まつりを開催します


令和6年4月5日(金曜日)から16日(火曜日)

     会場:お達磨の桜公園(中山町達磨寺地区)

  ●売店の出店

       焼餃子、焼きそば、煮込み、玉こんにゃく、ご飯類など

         ※日によって出店状況が変わる場合があります。

  ●達磨寺田植え踊り披露   

            4月13日(土曜日)13時から

  ●戸山流居合道抜刀術演武奉納   

            4月14日(日曜日)11時から

  ●お達磨の桜のライトアップ   

            18時から21時

  ●豊田小学校前の桜のライトアップ

           桜の開花期間中(グループ662企画・実施)

  お達磨の桜まつりチラシ(PDFファイル:1.5MB)

 

お達磨の桜公園

園内には八重桜・しだれ桜・ソメイヨシノ・エドヒガンが34本あります。色々な種類の桜があり桜の開花時期が異なるため、長い期間にわたって桜の咲く移り変わりを楽しめます。その中でもひと際目立つのが2本のエドヒガン。樹齢は推定750年といわれ、樹高約12メートル、幹の太さは約5.4メートル。山形県天然記念物にも指定されています。お達磨の桜にまつわるお話「つんぶくだるま」や「生き達磨」があります。

桜の開花時期に合わせて桜まつりが開催され、売店の他、達磨寺田植え踊り披露や戸山流居合道抜刀術演武奉納、桜のライトアップが行われます。ライトアップされた夜桜は、日中とまた違う幻想的な光景が広がります。

山形県指定天然記念物 お達磨の桜

中山町の南部、達磨寺地区より東方1.3km 程の須川左岸に位置する、お達磨の桜公園内に立つ2本のエドヒガン。樹齢は推定750年といわれており、樹高約12m、幹の太さは子供7人が手を繋げるほどで、幹囲約5.4m。山形県天然記念物にも指定されています。(昭和27 年4 月1 日 山形県天然記念物指定) 彼岸の頃に花を咲かせることから名付けられたというエドヒガンは、桜の仲間では一番の長寿で、樹齢1000年を超えるものもあります。薄紅色の花は小輪、一重咲きで葉よりも先に咲きます。古くは、この花の咲く頃が苗代の種まきの適期だったために、種蒔桜とも言われていたそうです。
この桜の近くには、昔、山形街道として渡船場が置かれ、対岸の中野を『宮代千軒』、こちらを『達磨寺千軒』と呼んで、両岸に多くの人家が建ち並び、茶店もあって大いに賑わったそうです。桜の木は当時の船着場の目印に植えたのではないかといわれています。
山形市霞城公園のソメイヨシノの開花より3~5日ほど遅く、4月下旬に開花するお達磨の桜の公園内には、エドヒガンのほか、シダレザクラなど34本があり、満開の桜と残雪の山々が織りなすコントラスト、夕暮れやライトアップで様々な表情を見せる桜たちが、多くの人々を惹きつけます。

お達磨の桜エドヒガン
お達磨の桜公園内ソメイヨシノ
お達磨の桜公園ライトアップ

お達磨の桜まつり

毎年春に桜の開花時期に合わせて4月中旬開花~4月下旬に『お達磨の桜まつり』を開催します。
期間中は以下のようなイベントを催しております。

お達磨の桜のライトアップ

お達磨の桜エドヒガンライトアップ

桜の見ごろに合わせて、18時から21時まで実施しますので、詳細な期間はお問い合わせください。

達磨寺田植踊り披露

達磨寺田植踊り

達磨寺田植踊は、村山地方のテデ系田植踊りの典型的なものです。
言い伝えによれば二百数十年前この地方に大飢饉があった時、仙台のほうから伝わったといわれています。天保の頃には農村娯楽として盛んに踊られたらしく、それを物語る面白い古文書も残されています。
これまでは、お盆の8月15日に達磨寺地区の八幡神社境内や、この時期、お達磨の桜の下で踊られています。

戸山流居合道抜刀術演武奉納

戸山流居合道抜刀術演武奉納

精神統一し観客も無意識に息をするのも忘れてしまうくらいの集中。あたり一面がピリッとした空気に変わり、一瞬たりとも目が離せない引き込まれる空間で息をのむような演武奉納が行われます。桜の下での戸山流居合道抜刀術演武奉納は圧巻です。

お達磨の桜にまつわるお話

「生き達磨」

むかし、達磨寺村の名主市兵衛(史実では助左エ門)のもとに見すぼらしい僧が訪れた。心をこめてもてなしたが、その晩急に苦しみだし「須川のほとりの桜の根元に埋め三十五日たったら掘り出してくれ」と言い残して息を引き取った。
村人たちは手厚くほうむり、遺言どおりに掘り返してみると死がいはなく、そのかわりに一幅の掛け軸が出てきた。
村人たちはありがたくまつっていたが、表具がいたんだので修理に出すことになった。
完成したとの知らせに、わざわざ都までやってきた市兵衛は、表具師に同じ図柄の掛け軸を六本も並べて見せられ、ほとほと困り果ててしまった。
宿に帰った市兵衛は、床の中で「笹の葉で目をこすってくれ」とのお告げを聞く。
翌日その通りにすると一幅だけパチパチとまばたきをした。それを持ち帰り、達磨大師の化身「生き達磨」とあがめ奉るようになったという。

「つんぶくだるま」

むかし、達磨寺の村とお寺が須川べりにあったころ、「達磨さま」は桜の下に奉られていた。
村の子供たちはいつも「達磨さま」のまわりで遊んでいたが、ある時、須川に浮かべて遊んだまま帰ってしまった。
「達磨さま」は「つんぶく、つんぶく」と酒田の河口まで流れ着き、子供たちが拾って遊んでいた。それを庄屋がみつけて大切に家で祀っていた。
ある時夢枕に「達磨さま」が現れ「わしは最上川のずーっと上流の彼岸桜の大木のそばの寺の達磨だ。村では今悪いはやり病で皆困っている。わしを元の村へつれていってくれい」というのだった。
不思議な夢に庄屋は早速”達磨さま”を背負い最上川を上り、たずねたずねて須川をたどり、彼岸桜のある寺をみつけた。
村では「達磨さま」が戻ってきたので大喜びで、早速村あげて祈願したところ、はやり病はたちまちにしておさまり、以前にもまして、豊かな村になったという。
それから「達磨さま」は「つんぷくだるま」と愛称されるようになった。

この記事に関するお問い合わせ先

中山町観光協会
〒990-0492 山形県東村山郡中山町大字長崎120番地
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