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掲載日:2018年10月25日更新

ひと・夢・まち 町長コラム(平成30年10月)

理不尽は理不尽のままでよい。自分が理不尽なことをせねばよい ( 西郷隆盛・十の「訓え」vol.5 )

生きているかぎり、誰もがさまざまな問題や困難に直面します。

幕末の日本も、現代社会に負けず劣らず理不尽に満ち溢れていたようです。西郷さんもその時代の波に巻き込まれ、幾度となく「死」を体感しています。主君の命で行動していた西郷さんは、主君斉彬公の命の死後、身内である薩摩藩からもそれまでの行動を否定され見放されてしまいます。

主君と共に国づくりの理想を掲げ進めてきたことを否定され、すべてが信じられなくなった時、理解者であった月照と共に寒中の海に身投げします。西郷さんはかろうじて蘇生しますが、月照は助かることはありませんでした。西郷さんはこの事件により、薩摩藩から奄美大島への流罪がくだされます。藩が事実を隠ぺいし西郷さんを死んだことにし、偽名で島へ送られたのです。

しかし、西郷さんはすべてを受け入れるのです。

理不尽なことは沢山ありますが、決して復讐心にはとらわれなかったのです。

理不尽というのは、「自分にとっては、物事の筋道が通らない」とか、「道理に合わない」と感じていることです。であれば、自らの判断力が曖昧であれば、それだけ理不尽と感じるものが多くなります。逆に自分に克つということを大切にしていれば、事に向き合い、慎重に自らを振り返り、論語の「意なし、必なし、固なし、我なし」つまり、「私利私欲に走らない、無理強いをしない、固執しない、我を通さない」にあてはめると、真に理不尽なのは何か、が見えてくるそうです。そして、それに向き合うことが自らに与えられた正道なのだ、と言われています。

「理不尽なことをされたとしても、自分が理不尽なことを行わなければよい」

人生を歩む中、常に心に刻んでおきたい言葉です。

そして、この言葉が、「敬天愛人」へ至る道へつながっていくのです。

 

(広報なかやま2018年10月号より)

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