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掲載日:2017年7月10日更新

楯の大イチョウ

楯の大いちょうの写真

 

 楯の大いちょうは、国道112号の東側に高くそびえる大木で、樹齢は600年以上といわれています。
 樹幹周囲約7メートル、高さ30メートルにも及ぶ雄株のいちょうで、根元から1.5メートルのところから2本に枝分かれしているのため全体の均整がよくとれています。
 大いちょうのある場所は、当地の領主、中山氏の本拠地であった長崎楯(城)の本丸があった所で、いちょうの木は、この前庭にあったのだと伝えられています。
 当時の古井戸は今も現存しています。
 晩秋になって、木の葉が黄色に輝くころが、楯の大いちょうの一番の見頃を迎えます。
 この時期が過ぎると、当地では「大いちょうの葉が落ちてしまうと雪が降る」と言い伝えられています。

 

【所在地】   中山町大字長崎419-1
【交通手段】 羽前長崎駅 徒歩5分

 

楯の大イチョウの歴史

 寒河江市に下向した大江親弘(源頼朝の重臣 大江廣元の嫡子)の武将 中山忠義を始祖とする「中山継信」(八千石)は、最上川南岸沼尻郷(現中山町)の開拓に当たり、至徳元年(1384)長崎に楯を築いた。
 三代 宗朝の時代(文安2年 1445)には外濠をめぐらした輪郭式平城(本丸 東西60間・南北45間 二ノ丸 東西250間・南北150間 三ノ丸 東西300間・南北200間)を完成し、領地開発と統治に当たったが、元和8年(1622)山形最上氏改易とともに廃止された。
 大銀杏は中山氏居城の本丸内、館の庭前にあったものと伝えられ、稀にみる大木である。

 

楯の大イチョウの言い伝え

大イチョウの姫の幽霊
 男に恋い焦がれたり、縁談に悩める娘が真夜中にこの木を三回まわると、足なしの美少女が笑みをたたえて降りてきたといいます。
 その供養塔は現存します。

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